2018年2月1日木曜日

レーベル発足のご挨拶(会報誌転記)

2018年1月
YOKOHAMA JAZZ EGGSレーベルから第一作目として私、小澤基良のリーダーアルバムがリリースされます。
去年を振り返ると、正にこのレーベルとCDを作るために動き続けた一年でした。
応援してくださった方、クラウドファンディングにご協力頂いた方に本当に感謝申し上げます。
「クラウドファンディング」に「大きいサイズのジャケット」と初めての事も多く、その為に動いてくれた運営陣の皆にも感謝しています。

ここで改めてYOKOHAMA JAZZ EGGSの事を少し書かせて頂きます。

「ジャズって聞いたことない…」とか、「どこに聴きに行けば良いの?」とか、横浜はジャズの街と言われていますが、そういった声をよく耳にします。
 そういった方たちに、「ライブがあるから来てください」ではなく、「皆さんがいる所へこちらから出ていきライブをさせて頂く」という姿勢で、先ずは一度ジャズを気軽に楽しんで頂こうという取り組みを行っています。
 その先に、「映画を見に行く」「コーヒーを飲みに行く」「読書をする」「お酒を飲みに行く」といった事の様に「ジャズを聴きに行く」と言う選択肢が存在するような文化を作りたいと思っています。

 今現在、もう少し深いジャズの楽しみ方として、こだわりや個性を持っているバンドサウンドを皆様にご紹介する為、年2回のスペシャルライブを企画開催しています。
その中で、ライブとはまた違った「作品」としてのCDを皆様にご紹介して行ければと思う様になりました。

 ミュージシャンにとってもCDを作るという事は曲を決めたり、どの様なコンセプトにするかと必死に自分と向き合って作って行くもので、自分の演奏や音楽性を表現する事に対して大きな成長をもたらしてくれます。
 願わくば、若いミュージシャンにこそ「作品」を作るという経験を早くしてもらい、自分の進む道や音楽を意識して歩んで行ってもらいたいと思っています。
  そうする事で、横浜のジャズが益々良い物になっていき、それを皆さんに楽しんで頂ければと思っています。 

 そして今回、音楽はもちろん、ジャケットやデザイン、全てにこだわりを持った物を横浜で活躍する方たちの力を借りて作りたいと考えました。
  写真を、横浜で活躍している写真家の蛭川有裕さんに。デザインを、ギターリストとしても活動しているデザイナーの和田陽介さんにお願いしました。  
 横浜でしか作れない素晴らしい作品に仕上がったと思いますので、是非皆さんに楽しんで頂けたら嬉しいです。
 

 このレーベルで2作目3作目を出していく中で、皆様がミュージシャン一人一人の個性に触れて、それを楽しんで頂き、ミュージシャンはそれを糧に良い物を作るモチベーションを上げて行くという素晴らしい好循環が起こって行けば嬉しいです。

 今後も「横浜のジャズ」を皆様にお届けするために精一杯努力していきますので、YOKOHAMA JAZZ EGGSをどうぞよろしくお願い致します!

代表 小澤基良

2017年5月30日火曜日

ぶつかった壁とJAZZ EGGS(2)

『伊勢佐木ストリート』
『投げ銭ライブ』

この2つで考えた事がかなり近い事なのでまとめて書かせて頂きます。

『一歩の壁』

この様な活動をしていく中で、一つイベントを企画してみました。

当時はずっと同じメンバーでやっていたので、深夜セッションでもお世話になっているa.b.smileに協力をお願いして、安くチャージを設定したライブを企画し、チラシを作り投げ銭ライブやストリートで宣伝してみると言う物です。

当時でもストリート等で投げ銭を1000円札を入れてくれる方も多かったので、チャージは1500円に設定しました。

そもそもミュージックチャージとは、聴きに来て下さる方にとっては「その金額に見合う楽しさがあるかどうかの信頼感」だと思っています。

1500円と言う数字は少し良いお店のランチが食べられる位ですね。
今だったら「いきなりステーキ」もその位の価格帯ですか。

それと同じ位のドキドキ感がジャズクラブのライブにある!と言う信頼感がないと人は来ないと思うのです。

そんな訳で結果はと言うと…
まぁ惨敗ですw

結構チラシも配って、投げ銭ではそこそこ頂いた事もあったし、「時間があったらねー」みたいな言葉も頂いた上でです。

もう、色々考えました。

それは一つ解りやすい理由があるわけではなく色々な事があると思いますが、とにもかくにも当時の私達では「ミュージックチャージ」と言う信頼を勝ち得なかったと言う結果だったと思います。

『改善点を考える』

まずは、やはり自分達の演奏レベルを反省しました。

当時やっていたストリートにサックスの竹内直さんが遊びに来てくれた事がありました。

2曲程吹いてくれたのですが、端的に言うと
「足を止める人の数が半端なかった」
です。

そんな風に2曲で道を行く人の心を掴み立ち去っていく大先輩。
残された私たちは触発され鼻息荒く肩に力が入り、いつにもまして駄目な演奏を繰り広げました。

投げ銭ライブでも、結局は「その日の演奏」で投げ銭自体が変わって行きます。

ジャズを普段聴かない方達の前で「プロミュージシャン」として演奏し、グダグダな演奏をしてしまうのは絶体に駄目と言うプレッシャーを強く受け止めようと覚悟を決めました。

そんな風に演奏していく中で、
「ジャズってなんか凄いじゃん」
とか
「この人のライブならチャージ2500円でも行ってみようかな」
っ感じてくれる人が少しでも多く出て来てくれたらと思いながら毎日ベースを弾く様になったと思います。

アンサンブルについても良く考える様になりました。

竹内直さんや、Raymond Mcmorrinとのサックストリオをやっていて言われた事ですが
「サックスの音程を少し高めに当ててるのにベースについて来られると困る」
とか
「もう少しストロングなリズムを出して欲しい」
とか
「その音は正解かもしれないけど、音楽じゃない」
とか

もう必死です。

録音聞き直して色んな角度から考える事を繰り返しました。

そんな様な事をもっと身近なミュージシャンの中でもやって行かなきゃ行けないなと思います。

ストリートでも大変な音環境ですが、高音域と低音域のハモり具合とか、よくやる曲をオールキーやソルフェージュでとか、色々な勉強が出来ます。

横浜に近いミュージシャンで切磋琢磨して、相互理解を深め、一緒に成長して行く仲間を作る大事さを身に染みて感じましたし、そっちの方が楽しいじゃないですかw

やってて楽しいときっと上手くなるスピードも速いと思います。

次は別の視点で。

投げ銭のライブの常連の方でたまにジャズクラブにも足を運んで下さる方がいるのですが、その方が言うのは

「投げ銭のライブは気楽だから行く、でもライブは別。
 メンバーだったりチラシだったりで本気かどうかは伝わるから、それが伝わったライブには見に行く。」

との事です。

この言葉は自分の中で大事にさせて頂いてます。
ライブを適当にやっていた訳ではないのですが、一つ一つのライブの本気度を人に伝えるのが本当に必要な事だなと。

前回の話にも繋がりますが、現状では一つ一つのライブに時間をかけて準備して本気度を伝えて、と言う事すら中々出来ないのではと思います。

SNSでの「いいね」では人は来ないし、じゃあどこで告知したらいいのか?とか、お金を使って告知しても来なかったら自分が背負うのか?とか。

考えたのは、「横浜のジャズ」と言う物に対しての「信頼感」を持ってくれている方をまず増やす事。
そのために私達はまずは音楽に対して本気でなければいけないし、伝える事に本気でなければいけないです。

それこそがジャズを身近な文化にするとと言う事で、そうなって初めて広く宣伝する事に意味が出て来るのだと思います。

今現在、YOKOHAMA JAZZ EGGSの活動をしていて投げ銭やストリート等の「こちらから出て行く」と言う事が、その役割の一部を担えたらと思っています。

少し忙しく更新に時間が掛かってしまい、文章の空気感が少し替わってしまった気もしますが気のせいでしょう。

2017年5月29日月曜日

ぶつかった壁とjazz eggs (1)

そんなこんなで深夜セッション、伊勢佐木ストリート、投げ銭ライブとスタートさせて行ったのですが、
文化みたいな物を作るのは生半可ではなく色々な壁にぶつかって行きます。

それらがJAZZ EGGSの構想に繋がって行く訳ですが、まずはそれぞれ考えた事を。

『深夜セッション』

始めてから一年~二年が経つ中で常連さんに支えられたり、色々な先輩方が遊びに来てくれたりしました。

これはチャージ払った方が良いんじゃないか?位の組合せでのセッションが実現したり、その中で仲良くなった人達でライブやってるのをFacebookで見てほっこりしたり。

自分自身も色々な方に刺激を受けて試行錯誤しながら上達させてもらいました。

しかし、その中で感じていたのは「若い人が来ない」と言う事です。
今でこそ良く顔を出してくれる若手が何人かいますが当初は全然でした。

横浜で活動する先輩方と若い人達との縦の繋がりを作りたいとの狙いがあったのですが、あまりの反応の薄さにびっくりしたのを覚えています。

その中で感じたのは、
「文化を作るには時間が掛かる」
と言う事と
「いいねだけでは人は集まらない」
と言う事です。

前者は言わずもがなですし、これは全てにおいてですね。

後者ですが、たまに若手が来てくれても
「君いいね。来てくれてありがとう」
って言う位しか出来ない自分を反省しました。

「あそこで認められたら仕事が増える」
とか
「あの人とライブをさせて貰えるかも知れない」
とかです。

そう言った何かゾワゾワする物がないとやっぱり若い人は来ないですよね。

良く東京の方に「横浜は横浜のミュージシャンで仕事が回ってるイメージ」と言われる事がありますが、
確かに上の世代の方で横浜のジャズを作って来てくださった先輩方がいらっしゃいます。

でも、多くの横浜のジャズクラブが東京の方と横浜のアマチュアの方のスケジュールが多めな様に思います。

横浜のジャズとは一体なんなのか。

語弊があったら申し訳ないです。
駆け出し者の妄言と笑ってやって下さい。

ただ、横浜のジャズと言う漠然とした中に
「若手を受け入れる器の大きさ」
だったり
「横浜でプロフェッショナルとして身を立てる」
と言った物が内在されていない気がしました。

一々ニューヨークでの思い出を挟むのは恐縮ですが、あの時感じた「それを出来るシステム」を横浜に作りたいと思う様になりました。

横浜を中心に活動してるミュージシャンが横浜の人と繋がって、横浜で成長して生活出来る様なシステムです。

その想いは今回のレーベル設立の大きなモチベーションの一つになっています。

長くなって来たので一旦終ります。

次は伊勢佐木ストリートで考えた事を。

2017年5月22日月曜日

横浜で始めた事

その当時東京に住んでいたのですが、しばらくしてから横浜に帰ってきた私は色々行動を起こそうと思い色々企画していきました。

その時に色々動いてくれたのが、運営陣でボーカルの福山詩織です。
横浜にあまり繋がりが無かった私に色々な物を紹介してくれて、
これから書く事全ての裏に彼女の存在があります。


・深夜セッション
まずは、私の無謀な挑戦に付き合ってくれる仲間を探す事にしました。

その当時横浜周辺のプロミュージシャンが集まるセッションは
「ドルフィー」のプロジャムセッション位しか無かった様に思います。
不勉強だったらすみません。
ただ、夜の時間にやっているので誰と会えるかがタイミングによって大きく変わってしまうのです。

東京のイントロやコットンクラブの様に
深夜の時間帯に一流のホストがいて若手も集まると言うセッションを横浜にも作ろうと決めて、
これもまた福山の繋がりを借りてお店は関内A.B.smile。セッションホストに竹内直さんと小田島伸樹さんにやってもらえる事となりました。

色々チャージやギャラの設定を計算すると自分達にはバックが無くなってしまったのですが、
それは主催者として受け止めようと決め、福山も了承してくれました。

今、4年ほどやっていますが相変わらずノーギャラでやってますw
その代わりに練習やリハーサルで安く使わせて貰ったり、実験的な事もやらせて貰っているのでまぁいいかと。

4年程続けた今、やっぱり茂串さんはすごい人だなと感じています。


・投げ銭ライブ。

色々動こうとした時に、私は「イベント」をやるつもりは無かったんです。
ニューヨークで感じたように街を歩けば身近に音楽や芸術が溢れている感覚。

ジャズの生演奏を「文化」の様に当然に受け入れてくれる様に、もう横浜の人達を麻痺させてやろうとw
まずは普段そう言った物に触れることのない人へのアプローチとして
横浜で投げ銭のライブをどんどん増やそうとしました。

そこでライブのチラシを配ったり告知をしてジャズクラブに足を運んでくれる人が増え、
ジャズクラブに行く事も普通に感じてくれる人が増えたら嬉しいと思ってます。

プロミュージシャンが投げ銭ライブをやる事については
多くの議論や、批判があるのはわかっています。
「安売り」とか「今までの文化」等々。

それでも、やはりニューヨークのあの感覚との狭間で
色々悩みながらやっています。



・伊勢佐木町のストリートライブ。

そんな中で出会った仲間達と、伊勢佐木町でストリートライブをやる事にしました。
場所はカトレアプラザ。旧松坂屋でゆずさんが以前ストリートライブをやっていたそこです。

ニューヨークでの公園での経験の他にも、ストリートをやろうと思った理由があって、
私が高校生の頃ジャズを聴くきっかけも横浜駅でやっていたストリート演奏なのです。

その頃はお金もなかったのでろくに投げ銭も出来なかったのですが凄くカッコいい演奏をしていたんです。
今になって「俺そのストリートやってたよ!」と言う方と共演させていただく事もあり少し不思議な気持ちになる事がありますw

あ、今書いてて思いましたが、その横浜のストリートこそが私の原体験なのかもしれません。
先輩方ありがとうございます。

さて、伊勢佐木町でのストリートライブも狙いは投げ銭ライブと同じだったのですが、
より広く「あぁ横浜ってジャズやってるなぁ」と思ってもらい100円でもいいので投げ銭をしてくれる事が、音楽や芸術へ金銭を使うと言う文化の本当に小さな一歩なんではないかと思っています。

高校生の私がそれから駅のキオスクで1000円のジャズのオムニバスCDを買った様にです。

公の建物と商店街の中で演奏するので、著作権の事を考えパブリックドメイン(著作権が切れた曲)で譜面集を作りやり始めたのですが、ある日通りがかったおじさんが
「これって著作権ってどおしてるの?」
と聞いてきました。

普通のおじさんがそんな事聞く必要無いですよねw

その時はパブリックドメインを使っている事、ちゃんとしたサイトで調べた事を説明したら
「なるほどね」

と言って去って行きました。
ほぼ確実にJASRACの方だったのだろうと思っています。


そんな事を始めて行ったんですが、
そこはやはり簡単には行かず、色んな問題や壁に当たることになります。

次は、その課題とJAZZ EGGSの構想をし始めた所まで書こうと思います。


2017年5月19日金曜日

原体験後半

ニューヨークはミュージックチャージが安い。
これは良く言われている事です。

バンドメンバーだったドラムの今野さんがライブの情報キャッチが凄くて、貧乏であまりライブに行けてない私に
「もっとライブ行け!この日安いのあったから行くぞ!!」
と色々教えてくれました。

一番はやっぱりfat cat
チャージは驚愕の3$。
私がいた時はJimmy Cobbがやっていました。

スケジュールみたら今日まさにJerome Jenningsやってますね。

羨ましい…

後、滞在中に55barでMike SternとRichard Bona、ドラム忘れた…が12$
SmallsでJoe Sandersのバンドが20$
と言うのが同じ日にやっていた事があり、私を悩ませた事があります。

結局Joe Sandersを見に行ったのですが、その日はコードレス2管でそれだけでも足をガクガクさせながら聴いてる所に、gerald craytonが遊びに来て一曲弾いてました。
身体中をプルプルさせながら聴きました。

ミュージシャンにあまり詳しく無い方も見て下さるかもしれませんね。
ざっくり言うと、ワールドクラスの人達がとんでもなく安いチャージでライブをやってるんです。

それは「日本のチャージは高い!!」と言えば良い話ではなく、アメリカにそのチャージでライブが実現出来る要因があるんだろうと思います。

芸術に対する文化。
チップの文化
1$札の存在。
演奏者の意識
純粋な音楽力
音楽で金銭を得るシステム
言葉の壁

もう本当に色々です。

よくある話ですが、ニューヨークに行って純粋にカルチャーショックを受けました。
ジャズだけじゃなく、ヒップホップのダンスパフォーマンス、地下鉄のライブ。
レベル高いし、生命力に溢れてる様に感じた。

私が思ったのは「アメリカに行きたい」ではなく、「どうやったら日本でアメリカの様に芸術や音楽が身近にある文化を作れるか」でした。
今になって同じように考えて日本で活動している方を存じ上げてますが、それは少し後の話です。

後、もちろんアメリカに行きたいは行きたいですw

今現在だからこそ色んなイメージがあって活動をしていますが、当時考えていたのは
「とにかく身近に音楽やアートが溢れてて楽しい感じ」
って言うのと
「アメリカの安いチャージのライブで与えられた感動に対して、自分の日本でやっている事はなんなんだ?」
と言う様な漠然としたものでした。

日本に帰って色々試して、挑戦して、行き詰まっての繰り返しの中でまとまって来たんだなと思います。

では、この辺で。
次はとりあえず横浜ではじめてみた事をつらつらと。

2017年5月18日木曜日

原体験前半

ニューヨークで感じた事。

5年前3ヶ月ニューヨークに行きました。

まぁ言うても3ヶ月ですので、もっと長くいる方には「それは表面しか見ていない」とか、「わかってない」等のご意見もあるかと思いますが、そこはご愛嬌と言う事でよろしくお願いします。

当時やっていたwoven notesと言うバンドで、ボーカルの音々さんの知り合いのジョンの家にバンド6人で生活し、そのジョンの経営するワイナリーで毎週末ライブをすると言う企画でした。

土日のスケジュールは決まっていたのですが、逆に平日は特に予定はなくそれぞれ思う様にニューヨークを満喫する日々。

私は同じ部屋に寝泊まりしていたサックスの関根君と晴れてる日はマンハッタンのワシントンスクエアパークでストリート。
雨の日は家で練習。
お金に余裕がある時はライブを見に行ってと言う生活。

結局90日の滞在中でバンドのライブ30回、ストリートライブを30回位やって来ました。

後は風船を100個位膨らましてファンシーな部屋に一週間位住んでみたり、外でたばこを吸ってる所をGoogleマップの車が通って暫くストリートビューに乗ってたり。
色んな下らない事もしてみました。

まずはワシントンスクエアパークでのストリートライブ。
ニューヨークのブルーノートに程近い公園で、ストリートミュージシャンのメッカみたいになってる所です。

いつも数組のジャズバンドがストリート演奏をしてて、日本人もちらほら混ざったりしてます。
私がいた時期にはサックスのLawrence Clarkと言う人もやっていて、当時既に Rashied Aliのバンドでツアーとかしてたんですが、かなりの頻度でストリートをやってました。
初めて公園でやろうとした時に
「こんな凄い人がストリートやってんのか!!」
と戦々恐々したのを覚えてます。

話かけると、「夜ライブだぜ」とか「セッションやるから遊びに来いよ!」
みたいな好い人でしたが、まーとんでもない怪物でしたね。
YouTubeとかにも上がっているので是非見てみて下さい。

後、今もいるかわかりませんがグランドピアノを近くのアパートからゴロゴロ運んで来て、クラシックを弾いてるお兄さんもいました。
クレイジーですw

まぁそんなこんなで足をガクブルさせながら始めたストリートライブ。
大体、3時間位やってぼちぼちみたいな感じ。
良く「アメリカにはチップ文化があるから…」と言う話を聞きますが、まさしくそんな感じです。

しかも、「君たち面白いから妻の誕生日パーティーで演奏してよ」と誘われたり、「ちょっと私のブティックで演奏してくださらない?」等の誘いを何件か頂いてしまいました。

’’英語もろくに話せない日本人ミュージシャンにです’’

恐ろしい町(上手い表現が見つからない…)だなと思うと同時に底知れない文化の違いを感じました。

後、面白かったのは当時ニューヨークにいた友人のライブにベース持って遊びにいったら、カウンターで飲んでたおじさんが「俺はロンカーターのプロデュースやった事あるんだぜ!お前のベース良い所あるよ!イェイメン!」的な感じで話かけて来たり(真偽は謎)。

恐ろしい町だと思いましたw

長くなって来たので第一弾はここまでにします。

次回はたまに見に行ったライブで思った事を書いてみようと思います。

2017年5月16日火曜日

怒られました。

再始動ようと思ったにも関わらず放置した日々によって、
今やっているJAZZ EGGSの運営陣からきついお仕置きを受けましたw

でかい体を精一杯小さくしてあやまり倒しましたね。

そんなわけで頑張って行きましょう。

さて、これから半年程かけてクラウドファンディングやら
レコーディングやらしていく予定になっているので、
書く事に困る事はないしその間にブログやホームページの更新も
身につけばいいなと思っています。

とりあえずホームぺージを改造しますのでしばらくお待ちください!